福神漬けエッセイ(横手やきそば研究会)
        
  
  
高橋 努  2001年秋号(2001/9/30) 
 
 焼きそばはどこでも同じようなものだと思っていたから、社会人になって初めて中華風のを食べた
時、これは絶対焼きそばじゃないと、心で叫んでいた。まあ、今では中華風だけではなく、色んな味
を体験したが、やはり私にとって焼きそばの原点は「横手やきそば」だ。
 「横手やきそば」にはいくつかの特徴があるが、忘れていけないのが福神漬けが添えてあること。
福神漬けとカレーライスの組み合わせにも負けていない。これを考えた人はきっと天才だ。
 なぜ、福神漬けを添えるのかは知らないが、福神漬けの考案者なら知っている。湯沢(当時は出
羽国雄勝郡八幡村生まれの了翁禅師だ。
 日本初の公立図書館である上野・勤学講院で学ぶ寮生に出した漬け物が原点だ。季節の野菜を
無駄なく使おうと、細かく刻んでつけたのが始まりとか。ものを大切にする「こころ」がうれしい。
 そのまま食べても美味しい「横手やきそば」だが、このことを知って食べたら、もっと美味しく感じら
れると思う。
 『横手やきそばには福神漬け。美味しさにこころを添えて』
 
 
宮野 美代子  2001夏号(2001/6/23)
 
 私と横手やきそばとの出会いは、今からン十年前の、おさげ髪の女子高生の頃である。
 クラブの帰りに、先輩に連れて行ってもらったのが本町の「十字屋」である。やきそばとおでんをみ
んなで奪い合うようにして食べたのはいうまでもない。(ちなみに、クラブとは横手市長も入っていた
演劇部)
 それからは、自宅近くの神谷やきそば店にせっせと通った。そこで目にしたのは、フォークとナイフ
がついたお好み焼きだった。それもまたおいしく、やきそばと共に、わたしのおやつになったのである。
 神谷のおじさんとおばさんの優しい笑顔は今でも忘れられない。そして、あの味を思い出しては、や
きそばを作っているのは、私だけではあるまい。
 自分たちがなつかしく思うように、子供たちにも横手に帰ったら、まず「やきそば」と言えるようにと思
っている。新しいものを取り入れ、進歩させながらも、古いものを守っていけたら最高である。
 
 
高橋 武嗣  創刊号(2001/3/27)
 
 横手やきそばとの出会いと云えば、大袈裟ではあるが小学校四年生頃(昭和三十年頃)だと記憶
する。
 梵天祭りで賑わう四日町通りの露店で屋台を引く坊主刈りの中年のおじさんが現れて、そばを焼いて
食わせるというので驚いた。実はこのおじさん、つい先達ってまで「お好み焼き」出評判の人だった。
 またもや妙なものを作り始めたものだと食い気の旺盛な私は少し構えながらも注文したのが醤油入り
のやきそばだった。
 初めて口にした味がくせになり、小遣いのほとんどをこのやきそばの為に注ぎ込むことになる。一時、
やきそば中毒になり、少年の胃腸に影響を及ぼすこともあったが、以来、小・中・高校を通して横手市内
のやきそば屋さんを巡り歩き、あそこの店は旨いとか意見を言う嫌な餓鬼に写ったかもしれない。
 ともあれ、やきそばの好きな人は、それにまつわる思い出やこだわりを持ちつづけている人が市民の
中にはもちろん、周辺の地域の人、横手市より遠くは鳴れている人の中にも結構いるはずである。
 
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